人生の目覚まし時計。

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2010年 8月 26日 (木) 社長ブログ by Akira Tsuchiya

 

 

2010年8月9日(月)11時19分。

昭和3年生まれ、ひとつの、ひとりの人生が幕を閉じました。

 

 

 

こんな人でした。

 

・決して裕福ではない家庭に生まれ、自分の定められた人生に
真摯に向き合い生きてきた人。

 

・小学校を卒業後、大阪に丁稚奉公に出て印刷関連の仕事につき、
65歳まで神戸で印刷工として仕事を続け
定年後は大好きな写真と読書に明け暮れた人。

 

・昭和ひとけた生まれ、昔ながらの頑固者

 

・小学校の頃から耳が遠く、聞こえないのにかたくなに、
補聴器や障害者手帳をとることを拒んできた人

 

・貧乏なのに、自分達の生活を削ってでも子供ふたりを私立の大学にまで通わせた人

 

・飾った世界に流されない、謙虚に自分の思う人生を生き続けた人

 

・言いたいことの半分も言葉で表せない人

 

・いつも密かに子供の体の心配ばかりしてる人

 

 

 

 

 

 

もらったもの

 

・命

 

・おもいやり、人を思う気持ち

 

・誠実に生きること

 

・約1万枚の写真(その時々のコメントが添えてある思いのこもったもの)

 

・真摯に、ちょっと頑固に生きること

 

・私の大学入学時のよろこびの手紙

 

・大学4年の時に3ヶ月間、世界中を放浪していた時に大きな心配をかけたこと
(当時の カレンダーに心配の言葉がつづられてました。)

 

・多くは話さないけど、態度で心配する背中

 

・はにかむこと。恥ずかしがる気持ち

 

・もっともっと多くのもの

 

 

etc 書き尽くせません。。。

 

 

 

 

あげられたもの

 

・息を引き取る1ヶ月前に、生まれてからの感謝の気持ちを便箋三枚に書き綴り、
渡し、そして読んでもらったこと。

 

 

 

→これだけ。

 

 

それは、私の父です。残念ながら死に目には会えませんでした。。。

 

 

親の心、子知らず。

 

子供をもって、自分も少しは親の気持が分かるようになったと思っていたけど、
実際には全然だめですね。
大学から家を出たので約20年以上別居状態でしたが、どんな気持ちで、
子供の事を考えていたか、父のアルバム日記からわかります。

 

 

恥ずかしながら、亡くなって初めて気付くことが多すぎて。。。

 

 

 

父に心から感謝しています。

 

思うに私は幼い頃から、「死」というものを忌み嫌うところがありました。
両親が年をとってからできた子供であるせいか、小学校の同級生の誰よりも
私の両親がともに一番の年配でした。
それだけに、親が死ぬということにビクビクしていたのかもしれません。

 

霊柩車が通ればいつもこっそり両手の親指を隠す。。。
迷信ですが、そんな子供でした。
最近でもアカデミー賞映画の「おくりびと」を見ることができませんでした。

 

 

人は一人で生まれ、そして一人で死ぬ。
いつの日か人はその命を終える時がきます。

 

 

生まれるときは多くの人に嬉し涙で迎えられ、
死にゆくときは多くの人に寂し涙で送られる。
そんな人生を生きたいとおもいます。

 

 

フランクリンコーヴィーの有名な書、7つの習慣に
「人生の目覚まし時計」が出てきます。
人は自分の人生の中で死や、大きな挫折を実感したとき人生の目覚まし時計が鳴ると。

 

人はいつも「死」を遠きにあるものと見ています。足下にあるものとは見ていない。
生死の期限の不確実性が人を安堵させるところがあるのかもしれません。

 

 

楽天の三木谷さんは 阪神大震災での身内の死によって
人生の目覚まし時計が鳴りました。

 

ソフトバンクの孫さんは、自らの慢性肝炎での闘病生活によって
人生の目覚まし時計が鳴りました。

 

アップルのスティーブ・ジョブスは 自らの膵臓ガンでの闘病生活によって
人生の目覚まし時計が鳴りました。

 

ワタミの渡辺さんは、幼い頃の母親の死によって
人生の目覚まし時計が鳴りました。

 

 

 

思うに、人生の目覚まし時計が鳴った人の生き方は太く、
感銘を覚える生き方が多いような気がします。

 

 

 

8月9日以来、私の人生の目覚まし時計が鳴り続けています。

 

 

 

 

そして、私はこの目覚まし時計の止め方を知りません。。。。

 

AkiraTsuchiya

 


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